「1923年~26年 賢治にとって“ジャズ”がマイブームだった。」・・・賢治の「ジャズ」の情報源はシカゴ?

「1923年~26年 賢治にとって“ジャズ”がマイブームだった。」 賢治の「ジャズ」の情報源はシカゴ? 2020年3月、「1923年~26年 賢治にとって“ジャズ”がマイブームだった。」というタイトルで、賢治が出会ったジャズについて次のように書い…

宮沢賢治はどんな音楽を聴いたのか? 完全版 SPレコード盤からの復刻録音で聴く「宮沢賢治78回転からの着想」MP3音楽データLINE UP 全113曲 一挙公開!

宮沢賢治◎78回転からの着想(ひらめき) ~ inspiration from 78rpm~ 宮沢賢治に関わるSPレコード 盤 100 or more 完全版 SPレコード盤からの復刻録音で聴く「宮沢賢治78回転からの着想」MP3音楽データDVD全113曲付 オールカラー220ページ B5版 宮沢賢治はど…

宮沢賢治◎78回転からの着想(ひらめき) ~ inspiration from 78rpm~ 宮沢賢治に関わるSPレコード 盤 100 or more 増刷決定!

宮沢賢治◎78回転からの着想(ひらめき) ~ inspiration from 78rpm~ 2022年4月に,50部限定にて発刊しましたが完売。 好評につき増刷することになりました。 まだ手に入れていない方はぜひこの機会にお求めください。 再限定50部 5,400円+税 2022年9月10日…

宮沢賢治◎78回転からの着想(ひらめき) ~ inspiration from 78rpm~ 宮沢賢治に関わるSPレコード 盤 100 or more 完全版 SPレコード盤からの復刻録音で聴く「宮沢賢治78回転からの着想」MP3音楽データDVD全113曲付

2022年4月発売! 宮沢賢治◎78回転からの着想(ひらめき) ~ inspiration from 78rpm~ 宮沢賢治に関わるSPレコード 盤 100 or more 完全版 SPレコード盤からの復刻録音で聴く「宮沢賢治78回転からの着想」MP3音楽データDVD全113曲付 たくさんのSPレコ…

わんこそばの発祥は花巻? 驚いたのはそれだけではない。

先ごろの地元の新聞で、わんこそば「発祥は花巻」という記事が目に留まった。 私は「わんこそばといえば盛岡」と思っていたので驚いた。それもその説を唱えているのは花巻在住の泉沢善雄さんだ。泉沢さんは知っている方だったのでなおさら驚いた。泉沢さんは…

賢治が使った蓄音機について 其のⅡ

賢治が使った蓄音機について 其のⅡ 賢治が使っていた蓄音機について、私なりに検証してみると、 1918(大正七)年ころの話として、「化粧品屋を営む義兄の岩田豊蔵が東京の仕入れ先から鷲印の100円もする蓄音機をもらい受け、レコードも仕入れ用として購…

賢治が使った蓄音機について 其のⅠ

賢治が使った蓄音機について 其のⅠ 羅須地人協会で生活を共にした鈴木恭の証言 鈴木守著「みちのくの山野草」によると、当時使用していた蓄音機について以下の二つのエピソードがある。同じ鈴木恭の証言だがやや異なっている。 (一) 金がなくなり、賢治に…

「宮沢賢治は本当にジャズを聴いていた。」と証言してくれたジャズ批評・瀬川昌久さんに哀悼!

新年あけましておめでとうございます。 新しい年を迎えましたが、年末に訃報の記事に目が止まりました。 ミュージカルやジャズ音楽評論家の長老、瀬川昌久さんが暮れの29日肺炎で死去されました。97歳でした。ご冥福をお祈りいたします。 瀬川さんと出会った…

賢治の主治医 草刈兵衛博士

草刈兵衛博士 佐藤隆房著「宮沢賢治」より P275 ・・・先の主治医であった佐藤長松博士は、それから間のない十月初めに辞職することになり、十月十日からは新しく花巻(共立)病院に赴任した草刈兵衛博士が主治医となって須山さんと力を合わせて治療に当たる…

ブラームス「眠りの精」と賢治の花束

ブラームス「眠りの精」 その年(昭和二年)の夏だったかも知れない。私達は小学校の同窓会の余興に出てはどうかと云う事になった。然し楽器では自信がないから声楽をやる事にした。先生は二枚のレコードを貸してくれた。一枚は十二吋盤で曲は忘れたが面倒だ…

「イワテ・イズ・ザ・ハート・オブ・ジャパン」と「イーハトーブ・チルドレン」 IWATE is the Heart of JAPAN and IHATOV CHILDREN

「イワテ・イズ・ザ・ハート・オブ・ジャパン」という言葉は、私がここ20数年使用している標語だ。直訳すると「岩手は日本の心(ハート・精神)だ」となる。 人体を日本地図になぞらえると、頭は北海道、岩手は丁度心臓(ハート)に位置する。そして、この…

宮澤賢治「沈んだレコード」二つの証言 其の二

証言其の二 「沈んだレコード」 佐藤隆房著『宮澤賢治』 冨山房 昭和14年初版 より (大正十一年夏) レコードの蒐集に夢中な頃。わざわざ仙台にまで出かけて行き、気に入ったレコードをたずね歩いて、ようやく会心のものを四,五枚見つけて贖い、帰ったら…

宮澤賢治「沈んだレコード」 二つの証言

「沈んだレコード」 二つの証言 大正十一年夏 1922年 賢治が稗貫農学校(後の花巻農学校)の教諭となった翌年、創作意欲盛んな時期にあたります。夏の出来事、賢治の生徒のひとりで何事にも積極的だった宮沢貫一(この年10月2日退学、盛岡の岩手工業学校へ転…

谷崎潤一郎とジャズ、そして賢治

米国で初めてジャズがレコーディングされたのは、1917年オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンドの ♪"Livery Stable Blues"(馬小屋のブルース)で100万枚のヒットとなったことはよく知られる話ですが、その後の大ヒットといえばポール・ホワイトマン…

藤原嘉藤治のその後

藤原嘉藤治とは? 賢治の音楽における無二の理解者であった藤原嘉藤治とはどんな人なのでしょう? 2018年にWOWOW連続ドラマとして放送された「宮沢賢治の食卓」(鈴木亮平が賢治役)で藤原嘉藤治を演じたのは山崎育三郎でした。現在NHK朝ドラで放映中の「エ…

賢治 1927年(昭和2年)秋の「レコードコンサート」

1927年(昭和2年)秋の「レコードコンサート」より 賢治さんは「羅須地人協会」での様々な活動の一つとして「レコードコンサート」をやっていました。 佐藤隆房著『宮沢賢治』冨山房(昭和17年初版)の中に書かれたある日の「レコードコンサート」から紹介し…

万城目 正(まんじょうめ ただし)と賢治

万城目 正(まんじょうめただし)と賢治 万城目 正といえば、古賀政男、古関祐而、服部良一を受け継ぎ昭和の歌謡史に偉大な業績を残した人物として知られる人。彼の作品には叙情的なしっとりとしムード曲が多く、外国のリズムを歌謡曲に取り入れ高峰三枝子が…

「西洋音楽の家元」のモデルは誰か?(前回の続きです)

「西洋音楽の家元」のモデルは誰か? 賢治さんは本当にたくさんのレコードを買っていましたし聞いていました。買ったものを一度聴き終えるとそれを売ってまた別のレコードを買ったり,人にあげたりしていました。あげた人には遠野に住む子弟の沢里武治や後輩…

「西洋音楽の家元」・・・賢治のメモ書きより

宮沢賢治の昭和8年(1933年)8月のメモ書きに「西洋音楽の家元」というのがあります。 校本『宮沢賢治全集』という宮沢賢治の先駆的研究者がまとめ上げた「賢治のバイブル」のような本がありますが、その12巻上 644~646ページに載っています。…

雨ニモマケズ  谷川 徹三 ( 詩人.谷川俊太郎の父、ピアニスト.谷川賢作の祖父 )

雨ニモマケズ 谷川徹三 雨ニモマケズ 谷川 徹三 雨ニモマケズ 谷川 徹三 生活社刊 昭和二十年六月二十日発行 昭和廿年八月廿日再販発行 六十銭 二萬部 著者略歴 大正十一年京都帝大哲學科卒 昭和三年以来法政大學文学部教授として今日に至る、その間文部省専…

1923年~26年 宮沢賢治にとって “ジャズ” がマイブームだった。

1923年~26年 賢治にとって“ジャズ”がマイブームだった。 2019.12 ささきたかお 最初に1918年~27年頃までの賢治(敬称略)を取り巻く音楽事情について羅列してみます。 1918年(大正7年) 賢治22歳。盛岡高等農林学校を卒業したころ蓄音…

『ケンジとケンジ』・・・検事と賢治?

『ケンジとケンジ』。この語呂合わせ、1月から始まったテレビ朝日 木曜ドラマ『ケイジと ケンジ 』(桐谷健太×東出昌大主演)で思い出した。 1925年、宮沢賢治(当時30歳)と11歳年下の友だち森佐一が小岩井農場に行った時の話だ。 森佐一(森荘己…

賢治作品の登場人物のネーミングはどこから?たとえば・・・

前回紹介した賢治さんが残した「レコード交換用紙」からもう1枚紹介しましょう。 商標及びレッテル別 富士山 赤 ベートべン 月光曲 ピアノ 久野久子 一〇吋 損傷ナシ 新古 現在市場ノ売価 二円四〇銭 売価 一円四〇銭 実際の盤面には 演奏者は 東京音楽學校…

♪「 星めぐりの歌」の着想にまつわるお話し

賢治さんは「羅須地人協会」を設立したころ、あまり沢山のレコードを買ってしまい次のレコードを買う資金調達を考え「レコード交換」を考えました。今でいう「リサイクル」です。その時の「レコード交換用紙」が残っています。曲名、演奏者、盤面ラベルの色…

2020年 新年のご挨拶  

2020年 初春 デステュパーゴ所長に代わって新年のご挨拶 デステュパーゴ所長は、正式名がボーガント・デステュパーゴといいまして、宮沢賢治先生の「ポラーノの広場」では、通称“猫博士”の名で登場します。 当時事業に失敗し、広場のパーティでは酔っぱ…

賢治とタイタニック号沈没事件

「銀河鉄道の夜」と塩竈・・・というタイトルがついた「NPOみなとしおがま」という団体が編纂した興味深い冊子がある。賢治が15歳の時の修学旅行で訪れた塩竈でのできごとなどが、「銀河鉄道の夜」の中に描かれている内容のモチーフになっているという事につ…

CD 「宮沢賢治が出会ったクラシック・あらかると」にまつわるおはなし 続き

前回のブログの中で「蓄音機による演奏を30分の間に5曲も、それも交響曲を4曲聴いた」とありました。その可能性について、当時は曲のおいしい部分だけをそれぞれA面、B面に収めたSP盤が結構出まわていたと書きました。 その5曲を探していたわけですが、中で…

CD 宮沢賢治の作品に関わる『賢治が出会ったがクラシック・あらかると』 

CD宮沢賢治の作品に関わる『賢治が出会ったがクラシック・あらかると』は、このシリーズ第3弾で2018年9月にリリースされました。 ●収録曲 1、チャイコフスキー交響曲第4番(第4楽章)/ Karl Muck W/ Boston Symphony Orch. ・・・「陽ざしとかれくさ」…

賢治とタイタニック号沈没事件

「タイタニック号沈没」事件は、賢治が15歳の盛岡中学四年生の1912年4月14日に起きました。その年の5月27日から29日、修学旅行で塩竈を訪れました。石巻で一泊後、翌10時ごろ石巻を船で出発、11時30分、松島に到着、瑞巌寺など見物後、…

CD 心象スケッチ『春と修羅』~宮沢賢治が聴いたクラシック から 続編

前回の更新からかなりの時間が経ってしまいました。 「心象スケッチ『春と修羅』~宮沢賢治が聴いたクラシック」のアルバムについて再びお話ししましょう。 『春と修羅』に収められた詩の数は相当の数ですが、その中に登場、あるいは関わり合いのある音楽の…