「1923年~26年 賢治にとって“ジャズ”がマイブームだった。」・・・賢治の「ジャズ」の情報源はシカゴ?

「1923年~26年 賢治にとって“ジャズ”がマイブームだった。」

 賢治の「ジャズ」の情報源はシカゴ?

 

 2020年3月、「1923年~26年 賢治にとって“ジャズ”がマイブームだった。」というタイトルで、賢治が出会ったジャズについて次のように書いた。

・・・ジャズのみならず様々な種類の音楽を聴いていた賢治ですが、それらの音楽情報をどこから得ていたのだろう。多くは、当時のレコード会社各社が出していた月間「レコード音楽目録」からと思われる。また、親友藤原嘉藤冶の追想によると、「新しいレコードでシューベルトを聴いたりベートーヴェンを聴いたりしますと、すぐにその楽聖たちの伝記や曲の解説を、原書まで読みあさり、あとまで忘れないのです。音楽のことなども、ですから専門の私よりずっとくわしく知っています。」(森荘己池「座談会・賢治素描」『宮沢賢治の肖像』(津軽書房)とあるように、物事のあらゆるその延長上にある情報についても良く知っていて、相当の情報通であったようだ。また、当時の日本の“ジャズ”を取り巻く情報は、賢治にセロを教えた大津三郎が、「3日間のレッスンの後にお別れの茶話会をやった」と言っているが、ハタノ・オーケストラ時代の知識や映画館の奏楽の体験を持つ大津三郎から得た情報もあったにちがいない。

 賢治は確実に1922~23年にはジャズを知っていた。そしてこの時期の何年かの間、頭の中に“ジャズ”というマイブームがあった。それもまだ“ジャズにもなっていない”当時の日本のジャズメン?が演奏するジャズよりも本場もののジャズを聴いて知っていた。・・・

 

 このように、今日まで(2021年7月末)賢治とジャズについて、日本の浅草オペラや映画館の奏楽といった日本のジャズの変遷をたどり、何とか賢治とジャズの結びつきの糸口を見つけようとしてきた。しかし、どうもすっきりしないままだった。

 ところが意外にも、賢治とジャズの結びつきの答えは簡単なところにあった。

そのヒントが隠されていたのは、澤口たまみ著「宮澤賢治 愛のうた」(夕書房)だった。

今まであまり明らかにされていなかった、賢治と相思相愛にもかかわらず離別を余儀なくされ、その後シカゴへ渡った大畠ヤスの存在である。

 賢治が稗貫農学校の教諭になって二年目の1922(大正11)年の春、レコードコンサートをきっかけに大畠ヤスと恋仲となるも、賢治の結婚観や結核持ちといったどうにもならない事情により丸一年で破局を迎える。1923(大正12)年12月、賢治はヤスが大迫町出身のイリノイ州シカゴで旅館業を営んでいた年上の及川末太郎に嫁ぐことを知った。そしてヤスは、1924(大正13)年6月14日に及川とともに横浜を出港し、同年6月27日米国ワシントン州シアトル着後シカゴへと向かった。しかしヤスはその後わずか三年、1927(昭和2)年4月13日「急性心臓拡張」によりシカゴで息をひきとる。狂乱の20年代(Roaring Twenties)と言われるアメリカ、シカゴで。

以下参考文献

1,澤口たまみ(2018)『新版宮澤賢治愛のうた』夕書房          

2,「花巻市博物館研究紀要」第14号P27~33(2019年3月発行)布臺一郎論文

3,浜垣誠司さんのブログ『宮澤賢治の詩の世界』に「シカゴの及川家の消息」参照

 

 二人の心が揺れ動いたこの期間は、くしくも「1923年~26年 賢治にとって“ジャズ”がマイブームだった」という私が設定したその時期と符合する。

 

「ジャズ」と関連する言葉が賢治作品に登場し始めるのは1924年(大正13年)の作品「ポランの広場」からだ。

「ポランの広場」第2幕のト書には、幕開け前の曲としてタンゴの曲 ♪ Hacienda. the society Tango の レコードをかけることになっている。さらに劇中登場する猫博士は、広場で演奏をしているオーケストラに向かって “キャッツホヰスカアといふやつ をやってもらひたいな” と言う。

このシーンに登場する ♪ Hacienda, the society Tango の作曲者のPaul Biese はシカゴを拠点にオーケストラを率い演奏活躍した人物だ。そして、キャッツホヰスカア(猫のひげ)という曲は、デキシーランド・ジャズの実存する曲 ♪ The Cat's Whiskersで、1920年シカゴで結成されたシカゴ・ベンソン・オーケストラが1923年に発売したものだ。「ビクター・レコード目録」月報(1923年9月)に掲載されている。

 さらに、「セロ弾きのゴーシュ」の中で、‟愉快な馬車屋ってジャズか“ のセリフのヒントとなったと思われる曲 ♪ Livery Stable Blues は、全米で100万枚のジャズの大ヒット曲  で演奏者のOriginal Dixieland Jazz Bandが結成されたのもシカゴであり、同様にニューオリンズからシカゴに活躍の場を移したルイ・アームストロングなど、この時期のシカゴはまさにジャズの中心となっていた。

 

 別れはしたものの、愛おしいヤスが行ってしまうシカゴとはどんなところなのだろう。どんなものが流行っていて、どんな音楽が流れているのだろう。なんでも調べなければ気が済まない賢治特有の性格がシカゴという街に向けられた。賢治にとってシカゴを通じてジャズを知るのは容易なことであり、まさにこのことこそが「当時の日本のジャズメン?が演奏するジャズよりも本場もののジャズを聴いて知っていた」ことになるのだ。またこの時期の賢治の詩編には、ヤスや及川末太郎(太市という名前で登場)、そしてシカゴと思われる場所を盛り込んだ詩も何篇か存在する。 

 その後、翌1925年(大正14年)7月19日作の「岩手軽便鉄道 7月(ジャズ)」、翌々年同人雑誌「銅鑼」7号に載った「ジャズ夏のはなしです」といった具合に“ジャズ”が登場する。

 賢治がジャズを知るきっかけを作ったのは、浅草オペラや映画館の奏楽と考えるのは全く無関係ではなかったと思うが、的の中心が外れていて肩透かしをくらってしまった。

 

追記①

 1914年、アメリカが第一次世界大戦に参戦し、ニューオリンズの海軍基地が重要な拠点となったことで兵隊たちの規律の問題から、1917年、20年間続いた売春地区・ストーリーヴィルは閉鎖される。職を失ったミュージシャンたちは、発展の真っ最中で比較的差別の少ないシカゴへと向かう。南部の畑の害虫や洪水被害で職を失った農民やらも加えてたくさんのアフリカンアメリカンがシカゴに流入した。

 当時はまだジャズというジャンルが「ジャズ」という名称ではなく、アメリカ南部地域のことを指す「Dixieland」(ディキシーランド)と呼ばれていた。その頃に、ニューオリンズから移り住みシカゴで結成されたOriginal Dixieland Jazz Bandが ♪ Livery Stable Blues (後の邦題「馬小屋のブルース」)をニューヨークでレコーディングし、これがジャズ史の中で初めて発売されたレコードとなった。

追記②

大畠ヤスについての一部始終を花巻在住の布臺一郎さんが、米国公文書記録のインターネット閲覧等を利用して綿密に調査している。

その論説「花巻市博物館研究紀要」第14号リンクP27~33(2019年3月発行)には、

これまでに大畠ヤスに関して出版された本の内容とは大きく違う部分もあり、賢治ファンの真実の情報を知りたい、という共通の思いに応えてくれるものである。

以下「花巻市博物館研究紀要」第14号リンクP27~33から引用すると、

 

及川(大畠)ヤス 

1900(明治33)年4月7日生まれ 1927(昭和2)年4月13日死亡 豊沢町出身※花巻出身

及川末太郎    

1881(明治14)年4月12日生まれ 死亡時期・場所不明 1943(昭和18)年9月23日 第二次抑留者交換で帰国した可能性あり 大迫町出身

及川修一     

1926(昭和元)年8月3日生まれ 1929(昭和4)年4月2日死亡 出生住所シカゴ市エリス街2949番

 

ヤスの死因:僧帽弁狭窄症・心不全(誘因:拡張型心筋症)

修一の死因:急性粟粒性結核

及川末太郎は1898年5月からイリノイ州に在住

職業はホテル業(及川旅館:oikawa room)、食料品店(及川日本品商会)

住所 シカゴ市エリス街2949番

 

ヤス(23)と末太郎(45)の渡米は1924年6月14日横浜出航。同年6月27日米国ワシントン州シアトル着。KAGAMARUの乗船者名簿には末太郎とヤスの名前が掲載されており旅費は二人で300ドル

 

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宮沢賢治はどんな音楽を聴いたのか?

賢治が聴いたと推測できる当時のSP盤レコードをエピソードをまじえて紹介。さらのそれらから抽出した113枚のSP音源をMP3データ音源とし収められたDVDが参考音源として添付。

今までに存在しない「賢治と音楽」を知る上で絶対に欠かせない貴重な1冊です。

 

 完全版 SPレコード盤からの復刻録音で聴く

宮沢賢治とレコード」 MP3データDVD 全113曲

*収録曲は、賢治が実際に聴いていたレコードと同盤、あるいは書簡やノートに記載があったもの、追想に基づくもの、作品の中に登場する曲で当時発売されていたSP盤を基準に選出しております。  P-000 は本文参照頁です

なお、交響曲等、長時間の演奏のものについては抜粋のみの収録のものもありますのでご了承ください

 

113曲のLINE UP  一挙公開!

SPレコードとの出会い『兄のトランク』 宮沢清六著・談 

001● P-010  交響詩「シェラザ―ド」(第4曲)「バグダットの祭」(リムスキー・コルサコフ ) /ストコフスキー指揮 フィラデルフィア管弦楽団    

002● P-011  交響詩「シェラザ―ド」(第3曲)「若き王子と王女」(リムスキー・コルサコフ ) /ストコフスキー指揮 フィラデルフィア管弦楽団  

003● P-011  序曲「レオノーレ」(Part III) (ベートーヴェン) /ビクター・コンサート管弦楽団  

004● P-012  交響曲第4番 第2楽章(ベートーヴェン) /ヴェセルラ・イタリアン・バンド(吹奏楽版)

005● P-012  エグモント序曲 Egmont Overture(ベートーヴェン) /セオドア・M・トービン指揮 ビクター・コンサート・オーケストラ 

006● P-013  交響曲第4番 第4楽章(チャイコフスキー) /カール・ムック指揮 ボストン・シンフォニー・オーケストラ

007● P-013  弦楽四重奏曲67番「雲雀」op64-5 第1楽章(ハイドン) /フロンザリー弦楽四重奏団

008● P-028  ピアノソナタ 第14番「月光」op 27-2 第1楽章 Adagio sostenuto (ベートーヴェン) /フレデリック・ラモンド 

009● P-028  交響曲第5番「運命」 第2楽章Andanteベートーヴェン) /ニキシュ指揮 ベルリン・フィルハーモニー

010P-194  交響曲第9番「合唱」Choralより(ベートーヴェン) /フリート指揮キッテル合唱団、ベルリン国立歌劇場管弦楽団    

011● P-193  交響曲第3番 第3楽章(ブラームス) /ストコフスキー指揮 フィラデルフィア管弦楽団                    

童話・劇                                                                                                             

012● P-029  兵士の合唱 Soldiers' Chorus (グノー) /ニューヨーク・グランド・オペラ                                              歌曲「角礫行進曲」

013● P-031  It's a Long, Long Way to Tipperary(ジャッジ/ウィリアムス) /アメリカン・カルテット                    童話『フランドン農校の豚』 

014● P-044  スイミング ワ゛ルツ(作者不明 ) /東京帝国劇場専属管弦楽々手                               随想『イギリス海岸』 劇『饑餓陣営』

015● P-051  マサニエロ 歌劇「ポルティーチの唖娘」より(オベール) /東京帝国劇場専属管弦楽々手                    『春と修羅』/東岩手山

016● P-049  チョコレート兵隊 珠玉集(オスカー・シュトラウス ) /ビクター・ライト・オペラ・カンパニー                         劇『饑餓陣営』

春と修羅』 

017● P-036  交響曲第6番 「田園」 第2楽章(ベートーヴェン

 /ビクター・コンサート管弦楽団  小岩井農場」(『春と修羅』/小岩井農場)         

018● P-041  序奏 ロンド・カププリチョーソ(メンデルスゾーン

/ヴェセルラ・イタリアン・バンド  「小岩井農場」パート三(『春と修羅』/小岩井農場) 

019● P-043  「魔弾の射手」序曲(ウェーバー/ロザリオ・ボールデン指揮 ビクター交響楽団            小岩井農場」パート七 『春と修羅』/小岩井農場) 

020● P-051  マサニエロ 歌劇「ポルティーチの唖娘」より(オベール)

/A・ヴォルト指揮 BBC交響楽団        「マサニエロ」『春と修羅』/東岩手火山

021● P-056  ワルツ「女学生」(ワルトトイフェル) /J・ストランスキー指揮 N.Y .フィルハーモニック・オーケストラ                                      

       「青森挽歌」(「春と修羅」/オホーツク挽歌)、童話『黄いろのトマト』

022● P-058  荘厳ミサ曲より 「キリエ」 抜粋(ベートーヴェン

/キッテル指揮 キッテル合唱団、ベルリンフィル   「鈴谷平原」(「春と修羅」)

023● P-059  ノクターン 第二番変ホ長調 op 9-2(ショパン) /パデレフスキー 

          「噴火湾ノクターン)」(『春と修羅』/オホーツク挽歌)

024● P-062  葬送行進曲 Funeral March ‐ピアノソナタ第2番 変ロ長調 第3楽章‐吹奏楽版(ショパン) /アーサー・プライヤー・バンド  

噴火湾ノクターン)」(『春と修羅』/オホーツク挽歌)、「雲とはんのき」(『春と修羅/風景とオルゴール) 

025● P-062  葬送行進曲 Funeral March ‐ from sonata, Op.26(ベートーヴェン) /ヴェセルラ・イタリアン・バンド   ‐吹奏楽

噴火湾ノクターン)」(『春と修羅』/オホーツク挽歌)、「雲とはんのき」(『春と修羅』/風景とオルゴール)                             

026● P-063  交響曲第3番 「英雄」第二楽章 "Marcia funebre"葬送行進曲(ベートーヴェン/H・ウッド指揮 ニュー・クィーンズホール管弦楽団            「噴火湾ノクターン)」(『春と修羅』/オホーツク挽歌)

027● P-063  歌劇 ウィリアムテル序曲 Overture part1 暁のモチーフ(ロッシーニ /ビクター・コンサート・オーケストラ 「風景とオルゴール」異稿(「春と修羅」)

028● P-073  デセクレーション・ラグ (A Classic Nightmare) /フェリックス・アルント (ピアノ)        「火薬と紙幣」 『春と修羅』/風景とオルゴール 

029● P-068  ボレロ‐「スペイン舞曲Op.12-5」 (モシュコフスキー) /J・パスタ―ナック指揮 ビクター・コンサート・オーケストラ                                                        『冬と銀河ステーション』 『春と修羅』/風景とオルゴール

030● P-069  交響曲第5番 運命 第1楽章 (ベートーヴェン) /J・パスタ―ナック指揮 ビクター・コンサート・オーケストラ 

           『冬と銀河ステーション』 『春と修羅』/風景とオルゴール 

童話・歌曲 

031● P-066  ローレライLorelei (ジルヒャー) /シューマン・ハインク    『土神と狐』 

032● P-067  二人の擲弾兵(シューマン) /ハインリッヒ・シュルスヌス 

                                             『チューリップの幻術』     

033● P-088  「酋長の行進」 組曲コーカサスの風景」より(イッポリトフ=イワーノフ) /J・ストランスキー指揮N.Y フィルハーモニック・オーケストラ  

                      「牧馬地方の春の唄」 補遺紙片1 

春と修羅 Ⅱ』  

034● P-089  夕べの歌(シューマン) /ビクター・ストリング・アンサンブル 

       「七四〔東の雲ははやくも蜜色に燃え〕」(「春と修羅 第二集」)

035● P-091  セレナーデ(シューベルト) /ヴェセルラ・イタリアン・バンド Cornet solo by リナルディ             「林学生」(「春と修羅 第二集」) 

036● P-092  ロマンス ト長調(スヴェンセン) /エリカ・モリ―ニ 

          「一五五〔温く含んだ南の風が〕」(「春と修羅 第二集」) 

037● P-121  コル・ニドライ(ブルッフ) /パブロ・カザルス 

               「四〇一 氷質の冗談」(「春と修羅 第二集」)

038● P-122  「主よみもとに近づかん」(メーソン) /ジョン・マコーマック 

     「四〇九 〔きょうもまたしょうがないな〕」 (「春と修羅 第二集」)

039● P-124  ミネトンカの湖畔にて(リューランス) /プリンセス・ワタワソ                                  「冬」(「春と修羅 第二集」)

040● P-094  喜劇「セヴィリアの理髪師」序曲( ロッシーニ) /H・ウエバート指揮 ベルリンステイト・オペラ・オーケストラ

               詩「函館港春夜光景」(「春と修羅」 第二集より)

041● P-126  ラルゴ 歌劇「セルセ」より(ヘンデル) /エンリコ・カルーソ

      「三四五 〔Largoや青い雲滃かげや流れ〕」(「春と修羅 第二集」)

042● P-095  Gavotte (ジャン・ベッカー) /鈴木鎮一

          「岩手軽便鉄道 七月(ジャズ)」(「春と修羅」第二集より)

043● P-100  恋はやさし野辺の花よ(スッペ) /三浦 環、 フランケッチ(pf)   

          「岩手軽便鉄道 七月(ジャズ)」(「春と修羅」第二集より)

044● P-128  第四オルガン司伴奏(協奏曲)op4-4 (ヘンデル) /W.フィッシャー(org)                      「告別」(「春と修羅」第二集より)     

『ポランの広場』 

045● P-102  Hacienda - The Society Tango(ポール・ビース) /フェリックス・アルント   

046● P-103  The Cat's Whisker(グラッドストーン) /シカゴ・ベンソン・オーケストラ                                                                 

047● P-105  Flow Gently, Sweet Afton アフトンの流れ(バーンズ/スピルマン) /オリーブ・クライン

048● P-108  In the Good Old Summertime(シールド/エバンス) /ハイドン・カルテット 

斉藤宗次郎 『二荊自叙伝』より 

049● P-110  交響曲第8番(ベートーヴェン)第2楽章 /ストコフスキー指揮 フィラデルフィア管弦楽団  

050● P-110  交響曲第40番 第3楽章(モーツアルト) /ストコフスキー指揮 フィラデルフィア管弦楽団 

051● P-111  交響曲第6番「悲愴」第3楽章(チャイコフスキー) /ストコフスキー指揮 フィラデルフィア管弦楽団  

052● P-111  真夏の夜の夢 ウェディングマーチメンデルスゾーン) /ビクター・ハーバード 

053● P-113  交響曲第6番「田園」第1楽章(ベートーヴェン) /H.プフィッツナー指揮 ベルリン新交響楽団   

銀河鉄道の夜 

054● P-113  ラルゴ・交響曲第9番新世界より」第2楽章 (ドヴォルジャーク) /J・パターナック指揮 ビクター・コンサート ・オーケストラ  

055● P-117  ベートーヴェンの幻想(ベートーヴェン) /アーサー・プライヤー・バンド     

056● P-119  ラ・カンパネラ(リスト) /エミール・フォン・ザウアー      

057● P-120  ブライテスト・デイズ・ガヴォット(ミハイリス) /ウィリアム H. レイズ(ベル・ソロ)とオーケストラ

セロ弾きのゴーシュ』 

058● P-133  トロメライ「子供の情景」より(シューマン) /プリホダ                                 

059● P-135  印度へ虎狩りにですって(エバンス) /ニュー・メイフェア・ダンス・オーケストラ 

060● P-137  Livery Stable Blues馬小屋のブルース(ニュネス、ロペス、リー) /オリジナル・デキシーランドジャス・バンド            

061● P-139  ハンガリア狂詩曲 匈牙利狂想曲(ポッパー) /セルゲイ・ストウピン 

「羅須地人協会」時代  

062● P-141  バイオリンソナタ・クロイッェル FINALE(ベートーヴェン) /マージョリー・ヘイワ-ド(vn)、ウナ・マーベル・ボーン(pf)

                 斎藤宗次郎「懐かしき親交」、「東京」ノートのメモより

063● P-144  太湖船(中国民謡) /敷島管弦團 (大阪)        賢治直筆の譜面   

064● P-151  眠りの精 Sandmӓnnchen(ブラームス) /立松房子(S)  

                   伊藤克己「先生と私達」『宮澤賢治研究』

065● P-158  歌劇「アイーダ」抜粋曲 Aida Selection(ヴェルディ) /アーサー・プライヤー・バンド   森荘已池宮澤賢治の肖像』(岩田豊蔵さんから聞いたこと)

066● P-159  歌劇「フィガロの結婚」序曲(モーツアルト) /アーサー・プライヤー・バンド          森荘已池宮澤賢治の肖像』(岩田豊蔵さんから聞いたこと)

067● P-174  「海」 三つの交響描写曲 第1楽章(ドビュッシー) /ピエロ・コッポラ指揮 パリ音楽院管弦団                                                          佐藤隆房著 『宮沢賢治』 

「レコード交換用紙」記載のレコード   

068● P-160  交響曲第9番新世界より」(ドヴォルジャーク) /H・ハーティ指揮   ホール・オーケストラ                                   

069● P-161  交響曲第7番 第1楽章(ベートーヴェン) /アルバート・コーツ指揮 ビクター・シンフォニー・オーケストラ 

070● P-162  メヌエットビゼー) /ラフマニノフ     

071● P-162  春歌(メンデルスゾーン) /ノヴァエス    

072● P-162  ヴェネチアナポリ(リスト) /ジョセフ・ホフマン                      

073● P-164  メヌエット(パデルフスキー) /ジョセフ・ホフマン                     

074● P-167  第一司伴樂 第3楽章(カラーチェ) /ラファエル・カラーチェ(マンドリン

075● P-167  月光曲 第3楽章(ベートーヴェン) /久野久子 

076● P-169  タンホイザー序曲(ワーグナー) /J.パスタ―ナック指揮 ビクター・オーケストラ  

077● P-169  マズルカ第38番 嬰へ短調 Op.59-2 マゾルカ(ショパン) /パデレフスキー   

東京・臥せ

078● P-180  和洋合奏 「謎のトランク」 /田中豊明指揮 日活和洋管弦樂團                                                                             詩「神田の夜 」より 

079● P-186  交響詩「死と浄化」(R.シュトラウス) /R.シュトラウス指揮  ベルリン国立歌劇場管弦楽団                                                                        上京

080● P-187  「火の鳥組曲より L'Oiseau De Feu(ストラビンスキー) /O・フリード指揮 伯林フィルハーモニー管弦楽団                      玉置邁に贈ったレコード

081● P-189  ピアノ協奏曲第5番「皇帝」第1楽章(ベートーヴェン

シュナーベル (P) サージェント指揮ロンドン・シンフォニー・オーケストラ  

                                                                                      宮沢幸三郎「スーヴェニール」

遺留レコード 宮沢賢治記念館所蔵 

082● P-191  交響曲第6番 田園 第2楽章(ベートーヴェン) /H・プフィッツナー 指揮 ベルリン国立歌劇場管弦楽団                       

083● P-192  オルフェオとオイリディケ(グルック) /R・ヘーガー指揮 ベルリン国立歌劇場管弦楽団

084● P-192  未完成交響曲 第1楽章(シューベルト) /O・クレンペラー指揮 ベルリン国立歌劇場管弦楽団  

085● P-171  交響詩「ドォン・ファン」(R・シュトラウス) /A・コーツ 交響管弦楽団 

086● P-193  前奏曲「牧神の午後」(ドビュッシー) /A・ヴォルフ 巴里コンセル・ラムルー管弦楽団 *森荘已池へ贈呈のレコード

森荘已池へ贈呈のレコード 

087● P-198  リゴレット抜粋曲(ヴェルディ) /P・ゴッドィン指揮 伯林ネルソン座管弦楽団

088● P-198  レオノーレ 第三(ベートーヴェン) /O・フリート指揮  シンフォニー管弦楽団

089● P-198  「ペールギュント」より「オーゼの死」(グリーク) /O・フリート指揮  シンフォニー管弦楽団 

090● P-198  ローエングリン抜粋曲(ワーグナー) /M・グルリット指揮 ポリドール・シンフォニー管弦楽団 

091● P-199  シューベルトの夢(シューベルト) /ハンガリアン・ラプディ管弦楽団  

092● P-199  ソルヴェヂの歌(グリーヒ) /F・ヘンペル(S)

093● P-131  アヴェ・マリアシューベルト) /F・ヘンペル(S) 

094● P-086  中央アジアの草原にて(ボロディン) /A・ヴォルフ指揮 巴里コンセル・ラムルー管弦楽団 *『雁の童子 

095● P-200  禿山の一夜(ムソルグスキー) /A・ヴォルフ指揮 巴里コンセル・ラムルー管弦楽団

096● P-200  夜想曲 ノクテユルヌ(ドビッシー) /A・ヴォルフ指揮 巴里コンセル・ラムルー管弦楽団              

097● P-200  アルルの女 第一組曲ビゼー) /F・シュレッカー指揮  伯林フィルハーモニー管弦楽団 

沢里武治にまつわるレコード 

098● P-202  交響曲第五番 第2楽章(ベートーヴェン) /W・フルトヴェングラー指揮 伯林フィルハーモニー管弦楽団 

099● P-202  ビオラとセロに対する二重奏曲(ベートーヴェン) /ポール、ルドルフ・ヒンヂミート兄弟

100● P-203  ピアノ協奏曲第1番 ハ長調Op.15(ベートーヴェン) /ケンプ(P) 伯林国立歌劇場管弦楽団

宮沢恒冶の家族に贈ったレコード 

101● P-204  スコットランド風の歌曲(5)(ベートーヴェンコントラルト独唱 /エンミー・ライズナー

102● P-204  中音に対する歌謡曲(バッハ) /エンミー・ライズナー、ボツニアツク器楽三重奏団                                   

「農民藝術の興隆」 

103● P-206  楽劇「タンホイザー」 第3幕 巡礼の合唱(ワーグナー) /ビクター男声合唱団                                                   

104● P-169  楽劇「タンホイザー」Fest March Act2(ワーグナー) /J・パスタ―ナック指揮 ビクター・シンフォニー管弦楽団

105● P-208  楽劇「ニュルンベルグの名歌手」前奏曲ワーグナー) /K・ムック指揮 ベルリン国立歌劇場管弦楽団 

「東京」ノート メモ、その他 

106● P-207  ハンガリー狂詩曲NO.1(リスト) /ブレッヒ指揮 ベルリン国立歌劇場管弦楽団 

107● P-208  弦楽四重奏曲第9番ハ長調Op59-3 「ラズモフスキー第3番 第4楽章(ベートーヴェン) /フロンザリー弦楽四重奏団                                                           

108● P-210  序曲「ローマの謝肉祭」(ベルリオーズ) /ビクター・コンサート・管弦楽団                                        

109● P-210  ピアノソナタ 悲愴 第2楽章(ベートーヴェン) /ウィルヘルム・ケンプ                                    

110● P-211  ピアノソナタ第23番 熱情 第3楽章(ベートーヴェン) /ウイリアムマードック                       

111● P-211  楽劇「リエンツィ」序曲(ワーグナー) /ストコフスキー指揮 フィラデルフィア管弦楽団  

112● P-212  森の囁き-楽劇「ジークフリート」より(ワーグナー) /カール・レイチズ・アバイアリィ、ブレーメン

113● P-215  自然における神の栄光(ベートーヴェン) /カルト指揮 バジリカ合唱

宮沢賢治◎78回転からの着想(ひらめき) ~ inspiration from 78rpm~ 宮沢賢治に関わるSPレコード 盤 100 or more 増刷決定!

   宮沢賢治◎78回転からの着想(ひらめき)

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 2022年4月に,50部限定にて発刊しましたが完売。

好評につき増刷することになりました。

まだ手に入れていない方はぜひこの機会にお求めください。

再限定50部 5,400円+税 2022年9月10日再発刊!

入手方法、①花巻・宮沢賢治イーハトーブ館にて販売いたします。

又は、②直接販売 メール jmb@kih.biglobe.ne.jp (佐々木)にてお申し込みください。

 

 宮沢賢治◎78回転からの着想(ひらめき) ~ inspiration from 78rpm~  宮沢賢治に関わるSPレコード 盤 100 or more

完全版 SPレコード盤からの復刻録音で聴く「宮沢賢治78回転からの着想」MP3音楽データDVD全113曲付  オールカラー220ページ B5版

 

 

宮沢賢治◎78回転からの着想(ひらめき) ~ inspiration from 78rpm~ 宮沢賢治に関わるSPレコード 盤 100 or more 完全版 SPレコード盤からの復刻録音で聴く「宮沢賢治78回転からの着想」MP3音楽データDVD全113曲付

2022年4月発売!

宮沢賢治◎78回転からの着想(ひらめき) ~ inspiration from 78rpm~

宮沢賢治に関わるSPレコード 盤 100 or more

完全版 SPレコード盤からの復刻録音で聴く「宮沢賢治78回転からの着想」MP3音楽データDVD全113曲付

たくさんのSPレコード盤を通じて得た着想は賢治作品に大きな影響を与えたました。

賢治が出会ったと言われている当時のSPレコード盤を網羅し、作品やレコードに関わるエピソードを集約しました。さらに、それらの中から抽出した音源113曲を収めたMP3(音楽データDVD)を添付資料としてセット。

宮沢賢治 ◎78回転からの着想(ひらめき) ~inspiration from 78rpm~ 』 オールカラー220ページ B5版

SPレコード盤からの復刻録音で聴く「宮沢賢治78回転からの着想」MP3音楽データDVD 全113曲収録

限定50部頒布 5,400円+税 2022年5月上旬発刊!

  ご希望の方は、メール✉ jmb@kih.biglobe.ne.jp 又は  ☎080-1829-0861(ささき) までご連絡ください。

主な内容】 

賢治の青春時代と音楽  レコードとの出会い  無声映画時代の音楽と賢治、そしてジャズとの出会い   レコード三昧の日々  心象スケッチ 『春と修羅 』   「弓のごとし」ベートーヴェン「田園」 イギリス海岸     沈んだレコード、楽器商   妹としの死、そして「永訣の朝」「無声慟哭」  ジャズがマイブームに 

「岩手軽便鉄道 七月(ジャズ)」   『ポランの広場』の創作   『二荊自叙伝』/斎藤宗次郎著より  銀河鉄道の夜』の着想  『セロ弾きのゴーシュ』執筆   羅須地人協会  ベートーヴェン百年祭レコードコンサート  セロを持って上京  レコード交換用紙  レコードコンサート  賢治と映画  菊池武雄にお土産に持参したレコード  玉置邁に贈ったレコード   宮沢賢治記念館所蔵   森荘已池に贈ったレコード  沢里武治に贈ったレコード   宮沢恒治の家族に贈ったレコード  「東京ノート」より  ほか

宮沢賢治 78rpmレコードレーベル別 簡易目録  

添付資料】                                        

完全版 SPレコード盤からの復刻録音で聴く 「宮沢賢治78回転からの着想」MP3データCD全113曲

賢治が出会ったと推定できる曲のほとんどを網羅した完全版です。賢治の時代のクラシックは、SPレコードという制約もあり、収録時間に合わせてアレンジが施してあったり、短縮版や吹奏楽版があったりと、今私たちが聴いているクラシックとの違いも興味深く、中には世界初復刻録音のものも含まれています。

わんこそばの発祥は花巻? 驚いたのはそれだけではない。

 

先ごろの地元の新聞で、わんこそば「発祥は花巻」という記事が目に留まった。

 私は「わんこそばといえば盛岡」と思っていたので驚いた。それもその説を唱えているのは花巻在住の泉沢善雄さんだ。泉沢さんは知っている方だったのでなおさら驚いた。泉沢さんは私と同じように宮沢賢治研究、特に賢治と音楽について造詣が深く、賢治が聴いていたと同じSPレコードを集め、聴く会なども地元花巻で行っている。

 盛岡でのわんこそばの発祥は、大正時代の首相 原敬(盛岡出身)が墓参りに帰省した際に「そばは椀コに限る」と言ったことに由来するという。一方、花巻説は江戸時代前期の盛岡藩主・南部利直が花巻に寄った際、献上されたそばがおわんに盛られていたことに由来し、両市はお互いに「発祥」を譲らなかった。それを受けて、泉沢さんは店主らの聞き取りや郷土史などを調査した結果、明治時代に初めてわんこそばという名称で提供したのが花巻の「大畠家」だと突き止めた。一方、盛岡で広まったのは戦後、盛岡のそば屋が大畠家を参考にして始めたことがきっかけだったというのである。

ここでまた驚いた。

 大畠家は、なんと宮沢賢治の生家(豊沢町)の2軒先を右に曲がって数軒目左並びにある。それも、賢治が花巻農学校の教諭になった翌年、レコードコンサートで知り合い、相思相愛ながら賢治の止む無き理由で別れることになった大畠ヤスの家である。ヤスは当時花城小学校の先生で、学校勤務のかたわらよく店を手伝っていた。賢治との失恋の後、大迫出身でシカゴで旅館業を営んでいた及川末太郎に嫁ぎ、シカゴに渡り3年後に病気で亡くなっている。この当時(1923年頃)のシカゴは、ジャズの中心地であり、禁酒法アンタッチャブル」や「グレート・ギャツビー」の時代でもある。私の定説「賢治が本場のジャズを知っていた」、それは、この大畠ヤスとシカゴに起因するのではないか ?、という仮説を立てている自分にとって「大畠家」は「わんこそば」以上に大切な存在なのである。

この話は次回に回すとして、先日その「大畠家」でそばを食べてきた。

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 午後2時までのお昼の営業時間、ひっきりなしにお客さんだ入ったり出たり。花巻では定着した人気のある蕎麦屋さんのようだ。友人の情報ではざるソバが定番。1枚では少ないので2枚が普通というので440円のざるソバを2枚いただいた。更科系の細めのソバでおろし南蛮とネギがつく。

賢治が使った蓄音機について 其のⅡ

賢治が使った蓄音機について 其のⅡ

賢治が使っていた蓄音機について、私なりに検証してみると、

  1918(大正七)年ころの話として、「化粧品屋を営む義兄の岩田豊蔵が東京の仕入れ先から鷲印の100円もする蓄音機をもらい受け、レコードも仕入れ用として購入して帰った。これを聞かされたことが賢治がレコードにのめり込むきっかけだった」との記述が残っている。さらに蓄音機とレコードを借りて持ち帰り、体を動かし踊ったり、頭をラッパの中に入れるようにしたりと夢中だったと云うことですから、多分ニッポノホンの鷲印のラッパ付きタイプ(ニッポノホン35号)と思われます。(下)

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 賢治が稗貫農学校の先生になった翌年1922(大正十一)年になってから音楽鑑賞会を1週か2週に1回、放課後行いました。蓄音機は朝顔型のデカイ、ラッパのついた四角い箱で・・・( 『宮沢賢治の五十二箇月』―教師としての賢治像― 佐藤成著)とあることから、この頃はまだラッパ付きタイプのものと思われます。

 蓄音機の値段は、大正初期頃はビクターやコロムビア製は1,000円、廉価製品で200円~300円したようです。その後稗貫農学校の教員1921(大正十)年になってから翌年に、鍛治町の「高喜商店」で、ラッパを内蔵した箱型の高価な最新式の蓄音機を買ったという記述があります。「高喜商店」は、ポリドールのレコードとの関係が深いこともあるのでこの蓄音機はポリドール製の可能性大である。

 斎藤宗次郎の『二荊自叙伝』(岩波書店)の中の自身が描いた挿絵からヒントを得ると、一つは1924(大正十三)年8月26日「典雅、凡庸、虔粛多種多様の西村行き」の中で、農学校を訪れ賢治とレコードを聴いた時の話に添えられた挿絵。(下左)

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 それともう一つは、1926(大正十五)年3月24日に「ベートーヴェン百年祭レコードコンサート」を農学校で開催したときの挿絵がある。(上右)

 絵の中にある蓄音機はいずれも卓上型のもので、左のものは蓋がついていない。右もついていないように見えるが蓋が閉まっているのかもしれない(演奏中は蓋を閉めてと書いているものがある)。   

コンサートでの使用に耐えられるグレードを考えると、先にあげたラッパを内蔵した箱型ではないかと思われる

 賢治を扱ったドラマなどではPolydor Polyfar NO.35が出てくることがあるが、年代的にはまだ発売になっていない筈だが(1935年頃)。

Polydor 最高級卓上型蓄音機モデル200号(当時七拾五圓)の可能性が高いのでは。

 下写真、 Polydor Polyfar NO.35

                                                                f:id:destupargo:20220210165747j:plain

 羅須地人協会時代1926(大正十五)年以降、昭和に入ったころには比較的安くなり、1931(昭和六)年のカタログでは据置型のビクトローラで安いタイプ80円~高額品150円とある。1925年に開発・発売された名機ビクトローラ・クレデンザ(フロア据置型)は昭和初期(1926年以降)日本にも輸入されたが当時930円だったそうだ。

  羅須地人協会を設立した年の1926(大正十五)年12月、お金が入用になって居候していた千葉恭の話に、「この蓄音機を賣つて來て呉れないかと云はれました。その当時一寸その辺に見られない大きな機械で・・・それを橇(そり)に積んで上町に出かけました。」とある。ところが売りに行った本人千葉恭の供述があいまいで、ある時の話では岩田屋は650円で売ったものをそのままの値段650円で買ってくれたとあります。また別の時の話では、十字屋では250円の値が付いたとあります。定価の半額で買い取ってくれたとしても売価は500円ほど。とすると、どちらにしてもやはり500円前後の製品であったと推測できる。この価格とオルガンほどの大きさだったという話も合わせて推測すると、ビクトローラのクレデンザが発売になる前のビクトローラ・フロア据置タイプではないだろうか。それもオルガンほどの大きさとなると横型の据置タイプVictrola 4-40 、当時635円(1920年代)が考えられる。72枚のレコードを収納できるそうだ。                                     

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 この機種だとすれば、十字屋で635円のものを中古品として250円で買ってくれたのかもしれない。羅須地人協会の 「二階は八疊位の大きな室で、奥の方につくえと本が一杯あり、その脇に蓄音機が置いてあつた、この蓄音機も一般のものと違い大きな型のものであつた」。

 この文にはレコードが置いてあったスペースについて何も触れていないことからも、蓄音機内に収納できるこのタイプではないかと推測できる。

 このほかにも、盛岡の村定楽器店で購入したものと思われる「村定」のラベルのついた蓄音機を教え子の結婚祝いに贈ったという記述もあるようですから、いろいろ錯誤しながら蓄音機を買っていたと思われる。

 1930年以降病気で臥せるようになると、「病勢も進むにつれて強い音が苦痛になったので、静かな曲を選んで、蓄音機の扉を閉めて鳴らすようにしたが、後にそれでも強すぎるので、ラッパに毛布をつめて蚊の鳴くような音でかけなければならなかった。」『兄のトランク』「兄とレコード」(宮沢清六著 ちくま文庫)  

 この記述の「ラッパに毛布をつめて」とあるラッパとは、箱型で前面に扉が開閉式になっていて、その奥にラッパが内蔵されているもので、扉の開閉で音量調整ができるのだが、それでも音が大きいのでそのラツパに毛布をつめたということだと思われる。     

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 実際どんな蓄音機を使っていたかについて、清六さんご存命の時に詳しく伺って記録に残した方が居たなら、と悔やまれる。

 

賢治が使った蓄音機について 其のⅠ

賢治が使った蓄音機について 其のⅠ

羅須地人協会で生活を共にした鈴木恭の証言 

鈴木守著「みちのくの山野草」によると、当時使用していた蓄音機について以下の二つのエピソードがある。同じ鈴木恭の証言だがやや異なっている。

(一)

 金がなくなり、賢治に言いつかつて蓄音器を十字屋(花巻)に売りに出かけたこともあつた。賢治は「百円か九十円位で売つてくればよい。それ以上に売つて来たら、それは君に上げよう」と言うのであつたが、十字屋では二百五十円に買つてくれ、私は金をそのまま賢治の前に出した。賢治はそれから九十円だけとり、あとは約束だからと言つて私に寄こした。それは先生が取られた額のあらかた倍もの金額だつたし、頂くわけには勿論ゆかず、そのまま十字屋に返して来た。蓄音器は立派なもので、オルガンくらいの大きさがあつたでしよう。今で言えば電蓄位の大きさのものだつた。

  この講演内容は昭和29年12月21日の「賢治の会」例会で行われたものである。

  次にあげる(二)は、千葉恭自身が別なところで語っている内容で(一)とはやや異なっている。

(二)

 蓄音機で思ひ出しましたが、雪の降つた冬の生活が苦しくなつて私に「この蓄音機を賣つて來て呉れないか」と云はれました。その当時一寸その辺に見られない大きな機械で、花巻の岩田屋から買つた大切なものでありました。「これを賣らずに済む方法はないでせうか」と先生に申しましたら「いや金がない場合は農民もかくばかりでせう」と、言はれますので雪の降る寒い日、それを橇に積んで上町に出かけました。「三百五十円までなら賣つて差支ない。それ以上の場合はあなたに上げますから」と、言はれましたが、どこに賣れとも言はれないのですが、兎に角どこかで買つて呉れるでせうと、町のやがら(筆者註:「家の構え」の意の方言)を見ながらブラリブラリしてゐるとふと思い浮かんだのが、先生は岩田屋から購めたので、若しかしたら岩田屋で買つて呉れるかも知れない……といふことでした。「蓄音機買つて呉れませんか」私は思ひきつてかう言ひますと、岩田屋の主人はぢつとそれを見てゐましたが「先生のものですな―それは買ひませう」と言はれましたので蓄音機を橇から下ろして、店先に置いているうちに、主人は金を持つて出て來たのでした。「先に賣つた時は六百五十円だつたからこれだけあげませう」と、六百五十円を私の手にわたして呉れたのでした。私は驚いた様にしてしてゐましら主人は「……先生は大切なものを賣るのだから相当苦しんでおいでゞせう…持つて行って下さい」静かに言ひ聞かせるように言はれたのでした。私は高く賣つた嬉しさと、そして先生に少しでも多くの金を渡すことが出來ると思つて、先生の嬉しい顔を思ひ浮かべながら急いで歸りました。「先生高く賣れましたよ」「いやどうもご苦労様!ありがたう」差し出した金を受け取つて勘定をしてゐましたが、先生は三百五十円だけを残して「これはあなたにやりますから」と渡されましたが、私は先の嬉しさは急に消えて、何だか恐ろしいかんじがしてしまひました。一銭でも多くの金を先生に渡して喜んで貰ふつもりのが、淋しい氣持とむしろ申し訳ない氣にもなりました。私はそのまゝその足で直ぐ町まで行つて、岩田屋の主人に余分を渡して歸つて來ました。三百五十円の金は東京に音楽の勉強に行く旅費であつたことがあとで判りました。岩田屋の主人はその点は良く知つていたはずか、返す金を驚きもしないで受け取つてくれました。

 東京から歸つた先生は蓄音機を買ひ戻しました。そしてベートーベンの名曲は夜の静かな室に聽くことが多くなつたのでした。

             <『四次元9号』(宮澤賢治友の会)>

◇二つのエピソードについて

 さて、千葉恭が蓄音機を売りに行ったという二つの似た様なエピソード、どちらの場合も下根子桜時代に別宅に置いてあった蓄音機を売りに行ったというものである。

 しかしこの二つのエピソードは、

・『イーハトーヴォ復刊5号』の場合

 100~90円位で売つてくればよいと賢治は言った。十字屋では250円で買ってくれた。

・「宮澤先生を追つて(四)」の場合

 350円までなら売ってよいと賢治は言った。岩田屋で650円で買ってくれた。

ということだから、経緯は同じ様だが、金額といい売った店といい全く違う。したがって考えられることは、

(ア)金額と店はそれぞれ千葉恭の記憶違いで1回きり。

(イ)同じ様なことが2回あった。

のどちらかであろう。

 そこで参考にしようと思って『岩手年鑑』(昭和13年発行、岩手日報社)の広告を見ていたならば、その中の広告欄にコロムビア蓄音機が45円~55円とあった。もし大正末期もこの程度の値段ならば当時の賢治の月給は百円前後だったはずだから、一ヶ月の給料で優に買うことは出来たであろう。なお、賢治の蓄音機は250円あるいは650円で買い上げてくれたということだからおそらくその金額はそれぞれの蓄音機の販売価格と推定出来る。したがって賢治が持っていた蓄音機は相当高額であったに違いない。

 実際、そのことを示唆しているのが前述したような

 「当時一寸その辺に見られない大きな機械」

という証言、また「賢治抄録」(『宮澤賢治研究』(草野心平編、筑摩書房)258p)に登場する

 「二階は八疊位の大きな室で、奥の方につくえと本が一杯あり、その脇に蓄音機が置いてあつた、この蓄音機も一般のものと違い大きな型のものであつた」

という証言である。売った蓄音機がこの蓄音機であれば相当高価なものであったことであろう。

 仮に250円の蓄音機の方だとしても月給の約2.5倍の、650円ならば優に6倍以上の額になる。

 

 以上、鈴木守著「みちのくの山野草」からの引用だが、さて、鈴木恭が売りに行った蓄音機はどんな蓄音機だったか?

賢治が使っていた蓄音機について、経緯に沿って証してみよう。 次回に続く