賢治、百年の謎解き
盛岡在住の絵本作家・エッセイスト 澤口たまみさん著 『宮沢賢治 百年の謎解き』 という本が昨年8月に刊行された。『宮沢賢治 愛のうた』(2018年)に続き、賢治作品を読み解くキーワードとして、賢治の教諭時代に恋仲だった大畠ヤスの存在と『春と修羅』に収められた一連の詩との関連、解釈についての謎に迫る。
大畠ヤスが見え隠れする作品の中でのヤスは、例えば JAZZはYASS と韻を踏み暗に置き換えられているのでは?という。詩「岩手軽便鉄道 七月(ジャズ)」は、「岩手軽便鉄道 七月(ヤス)」、「ジャズ 夏のはなしです」は「ヤス 夏のはなしです」となる。なるほどと唸る。
JAZZという言葉は、言い伝えによると当初JAZZではなく “JASS”と呼んでいた。だがJASSはスラングで隠語にあたり思わしくない意味合いがあることから誰かしらが‟JAZZ“と呼ぶようにしたらしい。この経緯を考慮に入れるとJAZZ-JASS-YASSといった具合にごく自然にJAZZがYASS(ヤス)になる。
さて、それでは賢治はJASSという言葉を知っていただろうか。
「セロ弾きのゴーシュ」の中に出てくるジャズといえば、ゴーシュがセロの練習中の小屋に夜な夜なやってくるさまざまな動物たち。その中で子供の狸が持ってきた譜面を見てゴーシュは “愉快な馬車屋って ジャズか” という。とあるから「愉快な馬車屋」という曲が存在することになるが、おそらく賢治は、1917年米国で最初に録音されたジャズ曲として100万枚の大ヒットとなった ♪Livery Stable Blues (戦後日本では「馬小屋のブルース」と邦題がつけられた)を知っていてそれを「愉快な馬車屋」と名付けて登場させた。とは私の予てからの推論だ。Livery Stableとは馬車駅のこと。曲調は馬の嘶きなどが入った愉快な曲であることから賢治はこの曲の邦題を「愉快な馬車屋」とつけたのでしょう。そして"はッ”と気づいて驚いた。この曲を演奏しているグループの名前です。通称 Original Dixieland Jazz Band オリジナル・デキシーランド・ジャズ・バンドなのですが、SPレコード盤の盤面の表記には Original Dixieland‘Jass’Band と書かれている。まさに‘Jass’なのです。賢治はこの表記を知ってJAZZ-JASS-YASS としたとも考えられる。
JAZZ-JASSとYASS、この命題も「百年の謎解き」の一つとなるのだろうか。